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日本三大稲荷

最上稲荷

日本三大稲荷

 

岡山県

最上稲荷

数々の歴史舞台となった吉備平野で、
1200年間、人々の営みを見守ってきた最上さま。

数多くの伝説とロマンを秘め、古代から豊かな文化を花開かせてきた吉備の国、岡山県。雄大な造山古墳に代表される古墳群や、桃太郎伝説の舞台としても知られています。また備中国分寺・国分尼寺など数多くの寺社が点在し、戦国時代には羽柴秀吉の備中高松城水攻めの舞台となるなど、数多くの歴史物語に彩られた吉備平野。今なお豊かな野山が広がり、その風景は訪れる人々の郷愁を誘います。

 その風光明媚な田園にたたずむ、高さ27メートルにも及ぶ巨大な大鳥居が出迎えてくれる最上稲荷。正式名称は「最上稲荷山妙教寺」。明治の神仏分離令の際、特別に「神仏習合」の祭祀形態が許された、仏教の流れを汲む貴重な稲荷です。そのため、お寺でありながら鳥居をそなえ、神宮形式の本殿(霊光殿)があるなど神仏習合時代の形態を数多く残しています。

最上様
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最上稲荷 縁起

いつの世も人々の想いを支えてきた、合掌の心。

 最上稲荷の歴史は、今から1200余年前にさかのぼります。 天平勝宝4年(752)、報恩大師に孝謙天皇の病気平癒の勅命が下り、龍王山中腹の八畳岩で祈願を行いました。すると白狐に乗った最上位経王大菩薩が八畳岩に降臨。大師はその尊影を刻み祈願を続け、無事天皇は快癒されたといいます。その後延暦4年(785)、桓武天皇ご病気の際にも、大師の祈願により快癒。これを喜ばれた天皇の命により、現在の地に「龍王山神宮寺」が建立されました。

 以来、「龍王山神宮寺」として繁栄を極めたものの、備中高松城水攻めの際、戦火によって堂宇を焼失し、本尊の「最上位経王大菩薩」のお像のみが八畳岩の下に移され難を免れました。このお像をもとに慶長6年(1601)、新たに領主となった花房公が関東より日円聖人を招き、霊跡を復興。寺名も「稲荷山妙教寺」と改めて、今日の興隆の礎を築きました。

 伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷として、1200余年の歴史を紡いできた最上稲荷。本尊の「最上位経王大菩薩」は五穀豊穣、商売繁盛、開運など多くの福徳をそなえています。また脇神として、水の神さま「八大龍王尊」、開運を招く「三面大黒尊天」が最上尊とともに本殿に祀られ、最上三神と呼ばれています。その教えの基調となる合掌の心(お互いに拝み合い、いつくしみ合う心)は広く信仰を集め、「不思議なご利益をお授けくださる最上さま」として、今なお多くの人々に親しまれています。

最上稲荷

〒701-1331 岡山県岡山市北区高松稲荷712
【TEL】086-287-3700(代)

【FAX】086-287-3709

 

・電車の場合

JR岡山駅から
・ 運動公園口(西口)より約15km。タクシーで20分。
・ JR桃太郎線(吉備線)で備中高松駅下車、約2km。タクシーで5分。

・飛行機の場合

岡山空港より約8km。
タクシーで10分。

・自動車の場合

各方面から岡山自動車道・岡山総社ICより約5km、車で10分。
国道180号線を岡山方面へ大鳥居を目標に。
周辺に5000台収容の民間駐車場有り。
境内には身体障がい者駐車場(4台)があります。

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